主婦のつぶやき

今すぐ見直したい!テレビと家族の関係

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前回の記事で「朝はテレビをつけない」っていう話を書いたのだけど、もっともっと言えば、むやみやたらにテレビをつけないというのが良いようです。
前回朝にテレビをつけないほうがいい理由の1つとして、テレビは私の意志にかかわらず、私の視覚、聴覚を反応させ、脳であれこれ処理させて、朝から疲れるなんてことを書いたのだけど…これって朝に限ったことではなかった。

むしろ…昼だって、夜だって不必要に疲れないほうがいいのは、自明の理。
だから、本当に大好きな番組があって毎週それだけ必ず見るとか、週末は映画を見るとか、そういう使い方以外でテレビをつけるのは、なるべくならやめたほうがいいのだ。

テレビを見ながら何かするというパターンも多いと思うのですが、これも生産性を考えるとよくないのかも。
私が学生時代リビングで宿題やテスト勉強をすることがありましたが、リビングは家族共有の場なのでほかの家族がテレビを見たければ、テレビがついていました。
世代的なこともあると思いますが、実家はテレビ一家だったので大抵いつもテレビがついていました。
するとですね…皆様の想像通りなかなか進まないし、やっつけ仕事になるわけです。
これでは宿題、勉強の意味がない。

これは結婚後もたまにあることなのですが、読書中にテレビをつけてしまうのもよくない。
テレビだけを見ている人はいいかもしれないけれど、読書中の人は本に集中したいはずなのに、無意識下で目の端に映るテレビの映像や耳から聞こえるテレビの音を脳で処理してしまうから、なかなか集中できない。
むずかしい本を読んでいると、特にそう。
文字だけを追っている形になってしまって、「はて、いったい何が言いたいのだ?」となることもしばしば。
脳の一部がテレビの処理に忙しいから、深く考えられないのです。

テレビを見ながらの会話も意外と良くない。
テレビを囲んで、みんなであれこれ話すというのは、一見よさそうだけれど、誰かが話している時だって、テレビは止まることなく新しい情報を発信し続けているから、会話の内容を聞くと同時にテレビの情報も脳で処理する羽目になる。
つまり、会話自体に集中していない。
ついつい相手が話している最中に、テレビの方を向いたり、話を遮って「あ、見てみて!」なんて言ってしまう。
私もテレビがついているとやってしまいがちなんだけれど、なんて失礼なんだろう。
私はご飯を一緒に食べに行って、スマホをテーブルの上に出し、都度都度スマホをいじりながら食事する人を昔から「なんだかなぁ。」って思っていたけれど、このテレビ見ながらの会話だって同じレベルでした。反省。

食事中だって良くない!
食事は料理を味わうこと、一緒に食べる人とのコミュニケーションの2つの要素があると思うのだけど、テレビがついていると、脳の一部はテレビの事ばかり処理するのに忙しいから、ついつい「美味しい」っていう感覚が鈍る。
「お腹いっぱい」っていう感覚も鈍る。
会話だって上に書いたように、深く相手の話を聞いてないからちゃんとしたコミュニケーションは取りにくい。
美味しい、お腹いっぱいって感覚が鈍るとどうなるか…手っ取り早く味を感じる味の濃い料理が好きになる、よく噛まずに早食いになる、太る。
物理的に食べる量も増えるけれど、濃い味にすると塩分や糖分、油分なんかも増えるから、概して健康に良くない!

夜寝る前だって良くない。
ブルーライトが良くないなんて言う話もあるけれど、それ以前に夜寝る前に視覚、聴覚、脳をフル活動して画像や音声を処理していたら、脳は寝る直前までアクティブモードだ。
そんなモードで急に部屋を暗くして、ベッドに入ったところできっと眠れない。
疲れて寝ちゃったとしても、質の良い睡眠が得られてないと思う。
寝ても疲れがとれていないんではないだろうか。

私は脳科学者じゃないから、テレビをつけたら〇〇パーセント生産性が落ちます!なんてことは言えないけれど、宿題しているとき、読書しているとき、会話しているとき、食事しているとき、寝る前…もっと言うと家事している時だって、テレビを見てたらなんだか集中できなかったり、いつもより時間がかかってしまったりする。
数字で出されなくっても、もう体感としてわかる!

多分多くの家ではテレビはリビング・ダイニングに置いてあるのではないでしょうか。
リビング・ダイニングはいろんなことをする場であり、家族みんなが共有で使う場です。
お母さんは洗濯をたたんで、お父さんは読書して、子供は宿題して…なんてシーンもあるはずです。

ここにテレビがなければ、それぞれがそれぞれにすべきこと、したいことに集中でき、けれどみんな同じ場を共有している。
誰かのために我慢をしたりすることなく、ともに暮らしていける。
「共存」という言葉を家族に使うのは、ちょっと不思議な気がしますが、家族だって一人一人別の考え、人格、自我を持った別々の人間です。
別々の人間がともに仲良く暮らすためには、共存するためには、誰か一人が我慢を強いられていたり、みんなに同じことを強制してはバランスが崩れると思うのです。

テレビは、誰かがスイッチを入れるだけでその共存の場を崩せるパワーがある。
誰一人すべきこと、したいことに集中できず、多少のストレスを抱える。
テレビがつけられる。それだけで、テレビはその場を支配してしまうのだ。
以前別の記事でも少し書いたのだけど、五感のうち視覚、聴覚、嗅覚だけは本人の意志とはかかわりなく、その場の環境にあるモノを見てしまうし、流れている音を聞いてしまうし、香るものを嗅いでしまう。
テレビはそのうち視覚と聴覚を支配するものだから、影響力が強いのだと思います。
だから、テレビがついているだけでリビング・ダイニングはテレビに支配されちゃう。
たとえ、本が読みたくても、みんなで食事をとりたくてもテレビがついている限り、テレビのことを大なり小なり考えてしまう。

私はたびたび、「テレビはないほうがいい」と言うことを言っています。
それは、テレビをつけていたころは24時間を主体的に管理出来ていなくて、ダラダラとテレビをつけているうちに「あらこんな時間!」ってことがよくあったから。
けれど、それだけではなかったんだな。
時間もテレビに支配されていたけれど、脳もテレビの処理で忙しくて疲労をためていたし、家族が集う家さえも…テレビ様のおひざ元になっていたのですね。

モノが多すぎる家は、「人よりもモノが主役の家」だとか、「倉庫に住んでいるようなもの」などとシンプル、ミニマルライフのブログや本には良く書かれていますね。
これってテレビも同じかも。
テレビばかり見る家庭は、家族よりテレビが主役の家庭なのかもしれない。

テレビを捨てろとは言わないけれど、理由もなく、手持無沙汰にテレビをつけるのはやめた方がよさそうです。



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