最近また刺し子をしています。
先日はちょうどチェック柄フェイスタオルサイズの刺し子を仕上げたところ。
そして今は、七宝柄のふきんを制作中です。
週に1,2度、たいていは週末に夫がゲームをしている傍らで、私もゲームを見つつ、おしゃべりしつつ、手元では刺し子をしています。
元々手芸全般得意ではなく、スローすぎるペースで制作していますので、今まで作った枚数はまだ3枚(あれ、4枚だっけ?)
それでも続いているのは、ほんの少し、ほんの少しの差ですが、私以外にはわからないほどの差ですが、上達しているのが楽しいことと、案外自分で作った刺し子が気に入っていることです。
不揃いな針目、ラインは歪み、お世辞にも上手とは言い難いですけれど、晒をカットすることから始まり、布をならして下地を作り、なるべく正確に下線を引く。
そうしてようやく糸を切り、針に通し、チクチクと縫っていく。
ようやく縫い終わっても終わりでなく、一度洗って下線を消し、不要な糸の始末をし、アイロンがけをしてやっと完成。
0から何かを生み出すのは、なかなか大変です。
けれどそうやって作ったものには、何か愛着がわくのか、何か魂がこもるのか…わかりませんが、不思議と家で使っていて素敵に見えます。
それは暮らしにアートがあるからなのではないかと思っています。
アートだなんてそんな大げさな…と少し前の私なら思っていました。
それは私がアートが特別なものだと思っていたから。
ある一部のセンスのある人々が作り上げる特別なものだと思っていたから。
アートって諸説あるそうですが、ラテン語の[ars]が起源なんだそうです。
[ars]は、「技術」とか「才能」を意味する言葉なのですが、その「技術」というのは「人の手を使って作る」という意味が含まれているそうです。
つまり、手仕事ですね。
そう考えれば、私の刺し子も立派なアート。
少し前に購入した1つ1つ手作りのしゃもじもアート。
しゃもじの話はこちらから→手仕事を残したい。宮島工芸製作所のしゃもじ
アートのある暮らし…それは有名画家の絵をドーンとリビングに飾ることだけではない。
それをアートのある暮らしと呼ぶのなら、多くの人にとってハードルが高い暮らし方。
でもアート(手仕事)のある暮らしと考えたらどうだろう。
グッと身近になった気がする。
母が編んでくれたニットの帽子。
ちょっぴり破けてしまった子供のズボンにアップリケをつける。
DIYでちょっとした家具を作る。
海外旅行に行った際に道端で作っているお土産を買う。
それもアートのある暮らしだ!
ずいぶん昔のブログですが、100均で購入したミトンにサボテンの刺繍をしたことがありました。
それもプチアート。
今は安価で便利なものが何でも手に入る。
でも何か1つ自分で作るものがあるのもなかなかいいものです。
それは、市販品では絶対に手に入らない種類の心のうるおいになります。
ちなみに…先日作り終わったチェック柄のフェイスタオルは、何故か娘のお気に入り。
使った後タオルをぎゅっと握りしめていることがあります。
不恰好でも手仕事ならではぬくもりがあるし、晒から作ったタオルは、正真正銘変な薬剤の処理もしていないし、染色もしていないから、柔らかくて手触りが良くて、私が自分でいうのもなんですが、気に入っています。
不器用で不格好でもアートのある暮らしを今後も続けていきたい。