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目指したい[禅的]持たない生き方

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私は結婚してからよく暮らしの本を読むようになったのですが、中でも禅宗のお坊さんが書かれる本はすんなり心にしみるなぁと思っていました。
100%とは言いませんが、共感する、なるほどと納得する話が多いのです。
家事のテクニックが書かれている本よりも、ずっとずっと参考になる…なぜだろう?と思っていました。
禅は実践の宗教という人もいる位で、お経を読む、祈りをささげるといういわゆる宗教行為だけでなく、掃除をする、ご飯を食べるそんな生活習慣の全ても修行だからなのかと思っていました。
それだけではなかった!

先日読了した本に、禅とは「日本教」のようなモノだと書かれていました。

禅とは、「日本教」のようなもの

多くの宗教というものは、基本的に「神」がいて、そのしもべである人間がいる。神が言うことは間違いないので、それを守りなさいという、いわば命令系統の教えです。
一方、私たちの禅宗は、「自分の心を研ぎ澄ましてみなさい」という世界です。ですから、ほかの宗教の「神からの教えを守る」という世界とは、少し違うわけです。
先程、私が禅とは「日本教のようなもの」と言ったのには理由があります。
例えば、私たちは日ごろ普通にお茶を飲んでいますが、これは禅の風習からきたものです。
(中略)
このように、いまの私たちの生活様式や習慣のほとんどが禅からきているので、私は禅とは「日本教のようなもの」と言ったのです。

『[禅的]持たない生き方』より

中略した中には、お風呂も、建物の造りも(玄関、食堂、瓦、畳、庭園、床の間…)禅からきているといった話が載っています。

色んな禅にまつわる本を読みながら、あぁ納得と思うことが多かったのは、私が日本で暮らす日本人で、すでに自覚がなくとも暮らしの随所で禅の教えを受けていたからなのだと、なんだか腹落ちしました。

ちなみに読んだ本はこちら↑

これはこの本を読む前からほかの禅僧が書かれた本で知っていたことですが、禅寺には「脚下照顧」と書かれています。
これは、「足元を見なさい」という言葉で、靴の脱ぎっぱなしはNGです。
「脚下照顧」という言葉は、結婚して禅僧の書かれた本を読むまで聞いたこともなかったですけれど、子供の頃母には「靴をそろえなさい」と言われた覚えがあります。
これも禅からきた教えだったのだなぁ。
母も禅宗の教えだから!と私に教えていたわけではなく、当たり前に教えていた。
禅の教えから来た風習が日本人の暮らしの奥深くまで浸透して、もうもはやそれが当たり前になっている。
だから、本を読んでもすんなり受け入れられたのか。

そして本によると私がミニマルライフを推し進めるにあたって、1つ1つのモノと向き合い、要る、要らないを判断していたその行為も…なんと禅なのだそうです。

2 自問自答を繰り返す

物に埋もれて生活をしている人は、それらが自分にとって本当に必要なものか、そうではないものかを考えていただきたいと思います。
身の回りの一つひとつのものに対して、これは自分にとって、どうしても必要なものなのか、それとも、なくても生活できるものなのか。
それを突き詰めていくのが禅でもあるのです

『[禅的]持たない生き方』より

これ、完全に私の手放しライフそのものです。
お風呂用洗剤…いるかな?、この服…いるかな?、そうやって1つ1つ亀の歩みで手放してきた。
要るもの要らないものを選択してきたその過程が禅だった。
たしかに、ミニマルライフを綴っておられるブログの中に禅の考え方と出会うことも多いです。
きっとミニマルライフと禅は相性がいいのだろうな。

1つギクッとした内容も。
それが、「すべての物は基本的に「捨てること」を前提とするといいでしょう」という言葉。
禅は「今」を大切にし、モノを持つということは執着を増やすということと考えられているので、今必要なものは潔く手放すことをお勧めされています。

最近サステイナブルだ!ミニマルプラスチックライフだ!と言っていますと、どうしても資源について考えていることが多いです。
どれだけ長持ちできるか、どれだけゴミを減らせるか…なんてことを考えています。
あるものを大切に使うことは大事。
資源を無駄にしないのも大事。
しかし多すぎる物を持っていれば、どんどん感覚が鈍るのは経験済みで。
感覚が鈍れば、不必要なものを買ってしまうという失敗も起こりがち。(何度も経験済み( ;∀;))
不必要なものを買うことは、それだけ資源の無駄遣い。
無駄なものを買って、お金と手間と時間を無駄にしただけでなく、ゴミも増え、パッケージや梱包のプラスチックも増え、輸送や生産にかかるCO2も増える。

だからきっと家のモノが多いなら…いや、家にあるすべての物がちょうどいい量でないのなら、手放すことだって必要なのだ。
手放すことで、感覚を研ぎ澄まし、無駄買いを防ぐことこそ一番の資源の節約だ。
そのうえで、今家にある不用品で別の用途を見つけられ、寿命が延びるのであれば、それはとてもいいこと。
その分新しく何かを買わなくて済むし。

と言うことは…エコや節約を意識していると陥りがちな「何かに使えそう!」ととっておくことが一番よくないのかもしれません。
何かに使えるということは何にも使えないのと同義。
今私は1歳の娘との暮らしを楽しんでいる。
時々でてくるキッチンペーパーの芯や手ごろな大きさの段ボール、大きな包装紙、リボンなどを娘と遊ぶようにとっておいたりしているけれど、限度を決めないとこういうものは際限がない。
今一度確認して、持ちすぎていないか、感度が低くなっていないか点検しないと。

そう考えれば、本にあった「すべての物は捨てることを前提にする」というのはすごくいい考えな気がします。
本には「捨てないこと」を前提としているから、物を捨てられないと書かれていましたが、もっと言うと「捨てないこと」を前提としているから、安易に買いがちなんだ。
すべての物は捨てるもの。
そう思えば、そうそう買えなくなる。
今サステイナブルに関心が高い今はなおさら。
本当に必要なものなのか?使い切れるか?無駄なものではないか?とじっくり考える。
本では、「少なくとも、「あってもいいか」ぐらいのものならいさぎよく捨ててしまうという感覚を持つことが、「捨てる」を習慣化するためには必要です。」とも書かれていましたが、もっともっといえば、「あってもいいか」ぐらいのものなら潔く買わないのが大事なんだ。きっと。

サステイナブルに関心が出てきて、いろんなものを長持ちさせたいと願いつつ、ミニマルな暮らしも続行したいから不要なものはスパッと手放したいと願う。
そんな相反する願いが今私の中には合ったのですが、この本を読んで自分なりに答えが見えてきた。
物が少ないのがベース。
物が多ければ、感覚が鈍り、要不要がわかりにくくなり、その結果無駄買いも発生しちゃって、結局資源の節約にもならないから。
つまり捨てる時は潔く、買う時は慎重すぎるほど慎重に…というのがいいみたい。



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