主婦のつぶやき

自尊心を高めるミニマルライフ

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先日ブログを書いていて、ふと気づいたことがあります。
それは、自分が自分へかける言葉が変わってきたと言う事。

その先日のブログとは、このブログです。
その中で私は、【母から離乳食グッズをもらった時正直「あーまたモノが増えちゃうな」という感情があった。ミニマルライフを追求している身だから自然とそう思った】と言う事を書いていました。

その時の話↑

ミニマルライフを追求している身ですから自然と…そう書いて、ハッとする。
以前の私だったら、せっかく母が好意でくれたものに対して「モノが増えちゃう」とネガティブな気持ちになるなんて、なんて親不孝なんだ、なんて人のやさしさがわからないんだ、薄情者なんだ、なんて、なんて…人としてダメなんだ。

その時のもらったもの、気持ちの状態によって程度の差こそあれ、そう思っていました。
他人からの好意を全力で喜べない私=ダメな私。
そう思っていたけれど、今考えてみると私だって一人の人です。
感情だって、好みだってある、いろんなバックグラウンドを持った一人の人間です。
喜べる時もあれば、喜べない時だってあるのは、当たり前の事でした。

当たり前のことを当たり前に思えなかったのは、ひとえに私の自尊心の低さだったのでしょう。
そして、そんな私が「ネガティブな気持ちになった」と当たり前に受け止めて、当たり前に発信していることに気付いてハッとしたんです。
いつの間に、ありのままの自分を受け入れられる、ネガティブなことを考えてしまう自分を許せる自分になったのだろうって。

それに気づいて、よくよく考えてみると以前の私は【自尊心が高い】という状態をはき違えていたんじゃないかと思います。

自尊心とは、ざっくり言ってしまえば自分を大事にすること。
昔は自尊心って、ちょっとナルシストと言いますか…自己中心的と言いますか…自分が1番!ってそういう感じなのだと思っていました。
だからどちらかというとネガティブな印象。
「自分を大事にすること=他人をないがしろにすること」という短絡的な方程式が私の中にあったからこそ。
きつい言葉でいえば、「どうせ自分が1番なんでしょ。周りのことなんてどうでもいいんでしょ」というそんな感情。
そんな感情をベースに持ってしまっていたのもきっと…私の自尊心が低かったからだ。

そもそも自分を大事にするというのは、ありのままの自分を受け入れることであって。
誰かとの関係性の中で生まれるわけではない、とことん自分の中の感情だから、自分を大事にすることと他人をないがしろにすることは全くイコールではない、いや全然違うのです。

だから 「どうせ自分が1番なんでしょ。周りのことなんてどうでもいいんでしょ」 と思っていた私は、もうその段階で他人との関係の中に自分を見出しています。
つまり、他人にどう思われるか、他人はどう言う事を求めているのか、世間一般の普通は…それが自分を評価する鍵で、自分が自分のことをどう思うかは大事ではなかったのです。
自分の気持ち、判断基準、価値観などなどが大事ではないって・・・それはもう自分が大事ではないというのと同じこと。
自分より他人が大事と言う事。

自尊心が低いのが、自分を大事にしないのが、自分より他人を大事にするのが私の中で至極当たり前だったために、「自分を大事にすること=他人をないがしろにすること」という方程式が当然のように作られ、自尊心高い人=自己中心的な人みたいに思っていたんだろうなぁ。

そんな私が今は以前に比べてずっとずっと自分を受け入れられるようになっている。
そんな風に変われたのは、やはりミニマルライフだと思うのです。

ミニマルライフをおくる上で1つ1つモノを手放す作業をしていくと、残す、残さないの判断を自分ですることになります。
世間一般的にあるのが普通と思っていたモノを手放すと、なくても大丈夫、むしろ快適なことに気付き。
使っていない頂きものを手放すと、自分は気に入っていなかったのだという気持ちに気付き。
そういうモノを手放すたびに、心は軽く、心地よい。
さらにモノを手放す度にそういう1つ1つの気づきや心地よさが加速して、自分はどういう価値基準で生きているのか、どんなものが好きなのか、そういうモノがおぼろげながら見えてきて。
今度はその価値観、好み、自分の素直な気持ちを大事にしようと思えるようになって。
そうなってくると、私の中の他人基準だったあらゆるものがだんだんと自分基準になってくる。
そして自分基準が増えるほどにきっと…少しずつ…目には見えなくてもじわじわと自尊心は高まっていく。
私はこのミニマルライフをおくっている3年間「自尊心が高まってきたぞー」と思ったことはありませんが、先日のブログを書いていてハッと気づいたのです。
気づかぬうちに、いつの間にやら少しずつ。
ありのままの自分を受け入れられる自分になってきたということに。

そして気づきはもう1つ。
かつて、私が自尊心の低さゆえにはき違えていた【自尊心】の根底には、 どうせ自分が1番なんでしょ。周りのことなんてどうでもいいんでしょ」 というややどす黒い感情があったのですが、この感情が根底にある限り、本当の意味で他人を大事には出来ていなかっただろうと言う事。
この感情は、裏を返せば「私は他人を大事にしているんだから、あんたも大事にしなさいよ」という。
それこそ自己中心的な理論です。
だから自分が他人に合わせたら、他人にも同じことを要求してしまう。

夫と結婚する前。
まだ交際中だった頃、私は「普通はこうでしょ!」とよく言っていたのです。
普通って何だったんでしょうね。今はそう思います。
私はよく定義もできない普通を基準に生きていて、その基準から外れる夫に「普通は」という一見正論に見える論理を振りかざして、夫にも同じように普通(私の思う普通)でいることを要求して。
当然ながら、けんかになっていました(笑)

自分より他人を大事にすることが自分のベースになってしまうと、他人にも同じことを求めます。
だって、世界中の人が自分を大事にしていて、私だけが他人を大事にしていたら、誰が私を大事にするのでしょう。
誰にも大事にされないというのは、誰だって辛いもの。
だからより一層「私は他人を大事にしています!みんなそうしましょう!!!」という気持ちになっていく。
そういう気持ちが増えるほどに、人にはそれぞれ「その人らしく生きる権利」があるのを忘れてしまうのです。

はき違えた自尊心の根底にある「自分より他人」をとっぱらって、自分を大事にすると、本当の意味で他人を大事にできるから不思議です。
自分で自分を大事にすると、当たり前に他人にも「その人らしく生きる権利」 があることがわかります。
だから自分の思う正しいを振りかざさず、相手を説き伏せようともせず、自分に余裕がなければ素直に助けてと言うことができ、自分に余裕があれば自然と他人にやさしくできる。

最近夫とけんかをしていないのは、きっと夫らしく生きる権利、私らしく生きる権利をお互いに尊重できているからではないかと思う今日この頃。
そりゃあ全部が全部うまくいくわけではなくて、ちょっぴりイライラしちゃうことだってありますけれど、前よりずっとずっといい関係になれているような気がします。



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